熊本県のアドバイザーであり、くまモンの生みの親でもある放送作家・小山薫堂氏。震災後も様々なかたちで熊本に関わっている。子供たちを支援する「FOR KUMAMOTO PROJECT」や、スポーツ選手、声優、パティシエ、作曲家なといった著名人による出前授業「くまモン夢学校」といった活動が記憶に新しい。災害の多い日本において、その災害をゼロにすることは不可能だ。しかし、被害を限りなく抑えることや、どう前向きに生きていくかは準備ができる。そして、いまはコロナの時期である。旅行が難しい時期ではあるが、その旅行の価値について、小山氏に聞いた。
旅先で探す「ふくあじ」とは
小山氏の食べ歩きの書籍に『ふくあじ』がある。「ただ美味しいだけではない、思わず笑顔になれる幸せの味」のことを小山氏は「ふくあじ」と表現する。ビルに入った高級なお店ではなく、昔から街にあるお店。そういったお店には、働く人の優しい笑顔や、初めてでもホッとするような心地よい雰囲気がある。とりわけ、九州は「ふくあじ」の宝庫と小山さんは言う。旅にでるとこういった「ふくあじ」を探してしまう小山氏。
地元の商店街やお店をめぐると、途端に没入感を得る体験はないだろうか。地域の人の生活のなかに入り込み、時の流れが緩やかになる。せっせとメールを確認する都会の昼食時とは異なる時間を感じるのだ。都会での暮らしが続く人ほど、「ふくあじ」の空間は重要だ。小山氏がその理由を語る。
幸せの閾値を上げない理由
東京で暮らしていると何万円もする高級なご飯をいただく機会があり、感覚が麻痺してしまいます。そういう日々が続くとそれが当たり前のように思えてしまいますが、『ふくあじ』を訪れることで、『これが真っ当』『幸せってこういうこと』と立ち返ることができます。
東北芸術工科大学で、学生たちに企画の授業をしていたのですが、そこでは常々『幸せの閾値を上げない方がいい』と話しています。閾値って聞き慣れないですが、ニンニクを想像してください。ニンニクを食べた人は、ニンニクの閾値があがっているからその匂いに気づかない。でも、食べてない人は閾値が下がっているから、その匂いに気づくのです。
幸せの閾値もそれと同じです。最初はこの程度で満足していたものが、良い体験をすることでこの閾値が上昇する。なので、今度新たな体験をした時に、前回あがった閾値のところまで上昇しないと満足が得られないんです。なので、常に大きな幸せを求めるのではなく、低い位置で一定にしておくことが大事。
旅はこの閾値を取り戻すための機会だと捉えています。普段とは異なる日常を見たり、地域の暮らしを見たり。生活の標準を感じることで閾値を一定に整えることができるんです。
天草エアラインの機内誌の良さ
僕の好きな公共機関に天草エアラインがあります。JALなら『SKYWARD』、ANAなら『翼の王国』といった立派な機内誌があるかと思いますが、天草エアラインは違う。ファイルが添えられていて、中にコピー用紙が入っているんですよ。そこには色んな情報が入っているんですが、「CAさんへのリクエストがあれば書いてください」というのもあるんです。手作り感のあるコミュニケーションがいいんですよね。
「日常の中に取り込まれている幸せ」を大切にする小山氏。豪華な旅行はしにくい時期ではあるが、こうやって近くの定食屋で「ふくあじ」を探す旅は有意義である。手作りで温もりのあるコミュニケーションを探すのもいいだろう。新たな価値に出会うことも旅の醍醐味。閾値を下げるきっかけは、ライフスタイルのすぐ近くにあるものだ。
この記事を書いた人
- 「にちにち」には、「日常より非日常、非日常より日常」という想いが込められており、日常も非日常も、暮らしが豊かになるようなアイデアを提案させてください。
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