守永家のささみのパサパサしたやつ
【料理人・守永江里の名もなき料理】


料理名がつけられておらず、ごく普通に家庭の食卓に並ぶ『名もなき料理』を研究しているのが、山口県出身の料理人・守永江里さん。

「鶏のささみ肉を焼いたやつで、パサパサしちょるけど美味しいあれ・・なんていうんやろ?」という会話から始まった、「守永家のささみのパサパサしたやつ」をご紹介。

あたたかい気持ちになる『名もなき料理』

初めまして。料理人の守永江里と申します。「もりえり」と呼ばれています。わたしは、『名もなき料理』を研究しています。

『名もなき料理』とは、料理名がつけられておらず、ごく普通に家庭の食卓に並ぶ料理のこと。

私の兄に「お母さんのごはんで、何が一番好きだった?」と聞くと、「鶏のささみ肉を焼いたやつで、パサパサしちょるけど美味しいあれ・・なんていうんやろ?」と。

『名もなき料理』は、食べた人の心の中に小さなストーリーとともに、さりげなく残るのです。

私は、料理をすることを生業にしてきました。お金を代償にする料理では、値段をつけたり、美味しそうと思わせる名前をつけたり、写真映えするように飾られたり。でも、料理の仕事をしていると、そのようなことに意識を向けない料理に出会いたくなりました。『名もなき料理』は、食べ手のことだけを考えて作られた、最も純度の高い料理だと思っています。

私は『名もなき料理』を研究し、家庭で長らく愛される料理とはどうやって生まれてきたのか、どのように愛され、人の心にとどまるのかを学ぼうとしています。

『名もなき料理』を作る方々のように、自分の見栄は入れず、自己主張せず、過度に飾らず、相手を思い、ただただ美味しいものを作る料理人になりたいのです。
このコラムでは、いろんなご家庭で長年愛されている『名もなき料理』を紹介。なぜか一人で作っているような気がしなくて温かい気持ちになります。そして繰り返し作っていると、自分流の『名もなき料理』が生まれてくるもの。今日は我が家、守永家の名もなき料理をご紹介いたします。

「パサパサしちょるけど美味しいあれ」

3年前、祖父の葬儀を終えた後、新幹線の駅へ向かう私を兄が車で送ってくれました。仕事どう?とか最近楽しいことあった?とか他愛もない会話をしていたとき、「お母さんの料理で何が一番好きだった?」と聞いたら、肉じゃが、カレー、唐揚げ、とか “名のある料理” がたくさんでてきた後、思いついたように兄はこう言いました。

「鶏のささみ肉を焼いたやつで、パサパサしちょるけど美味しいあれ・・なんていうんやろ?」

そうそう・・・、母に「この料理名、何?」と聞くと、いつも「適当に作ったから名前なんてないよ。」って言うんです名前ないから伝えるの難しいよね・・って思ってちょっと考えたけどすぐわかりました。これだ!

いわゆるピカタのようなもの。

「正直、学生の頃はパサついた食感が苦手で、白ごはんにも微妙に合わないっていうか。あれが出てくる日は、『あぁ、きたか。』って思ったのが本音。笑。だけど、外では食べられなくって、我が家のメニューって感じがして愛着があって好きだなぁ。」と、兄は思い出しながら言っていました。

食べてすぐ、美味しいっ!って派手に反応するわけじゃないんだけど、愛着があって心の中に残ってるんです。母親の愛情だけが無言で添えられている食事だったと思います。

せっかくなので、兄妹みんなにこの料理について感想を聞いてみました。もう一人の兄は、「一般的にいう鶏肉の唐揚げみたいな感覚で、我が家にとってはど定番で、出てきて当然”the 普通!”って感じだった。そういえば外で食べたことないね。」妹は、「お肉の周りはみ出た卵だけの部分が好きやった。」と。兄妹ひとりひとりに、小さな思い出をもっていました。

特別に、「美味しいね~」なんて言いながら食べるわけなじゃなかったので、会話にしたことなどなく、兄妹たちがどう思っていたかなんて知りませんでした。

なんでもない、日常の料理だけど、話題にしてみて良かったです。そして、母にどんなきっかけで作り始めたのか聞いてみました。

「確か、料理本に豚肉のピカタがあったのかな。お兄ちゃんが、筋肉つけるのにササミがいいって言ってて。たまたま冷蔵庫にササミがあったんじゃなかったっけ。ササミにあうかなと思って、粉チーズやハーブソルトやパセリを入れて作った。簡単だから、たびたび作る。」

“ 簡単だから、たびたび作る。 ”

簡単であれば、心にゆとりをもって作ることができる。その分、愛情を込めて丁寧に作ることができて、心を込める余裕ができるんだと思います。おいしい味やきれいな形は、機械でもできる時代。シンプルな味でいい、地味でもいい、“ 愛情を込めて丁寧に作る ”ことは人にしかできないことです。

今はみんな離れて暮らしているけれど、また家族みんなで食べたいな。

蓋をせずじっくりカリッと焼く、鶏肉は繊維を断つように切る。パサパサになるけど。私はそのパサパサ感が好きです。母はハーブソルトを入れて作るときもありました。

 

【 材料 】

・鶏ささみ肉 ‥ 5本
・塩 ‥ 小さじ1/2
・こしょう ‥ 適量
・薄力粉 ‥ 大さじ1/2

-卵液-

・卵 ‥ 2個
・牛乳 ‥ 大さじ1と1/2T
・粉チーズ ‥ 大さじ2
・パセリみじん切り ‥ 適量 (ドライでもOK)
・菜種油orオリーブ油 ‥ 大さじ1くらい

【 作り方 】

⑴ 鶏肉を6,7等分のそぎ切りにする。繊維を断つように切ると、味がよく染みる。

⑵ ①に塩と胡椒をまぶし、薄力粉を薄くつける。

⑶  ボウルに、卵、牛乳、粉チーズ、パセリを入れてよく混ぜる。

⑷ ③に②を入れ、絡める。

⑸ フライパンに油を入れ、熱し、鶏肉を並べ入れる。残った卵液も流し入れる。弱めの火で焦げないようにじっくり焼く。

⑹ 表面が白っぽくなってきたら、裏返す。同様に弱めの火でじっくり焼く。

⑺ こんがりと焼き色がついて、中まで火が通ったら完成。

食べ手のことを思って、愛情を込めて作ること。

食べた家族から大きな反応はなくても、何年経っても心に残っていて、懐かしく思い出す時があって、地味で滋味深い料理に心が温かくなるものです。

身近な人を幸せにする料理を作るために、特別な技術や調理法を施す必要はありませんね。

“ ただ美味しい、だけではなく、人の心に温かい感情とともに残るような料理 ” を作る料理人になるために、これからも『名もなき料理』に出会っていきたいです。

次回は『矢野家のいつものししとう』をご紹介します

この記事を書いた人

もりえり。
もりえり。料理人
鎌倉市在住の料理人です。『もりえり。』と呼ばれています。
数店舗の日本料理店で調理を学びましたが幼少期より母親に教えてもらった愛のある料理が学びの基盤です。

苦手なことは、言葉で想いを伝えること。
得意なことは、料理で想いを伝えること。

趣味は料理以外にフットサル、釣り、スケボー、寝ることです。