雑誌『TRANSIT』の元副編集長である池尾さん。現在は、京都在住のフリーランスとして活躍中です。これまで旅について考えてきた池尾さん(しかし、鼻炎持ち&虫に弱いので旅スキルは低め)が、本を通じて旅を見直します。
東南アジアの食文化に興味をもったのは、大学時代のインド料理屋でのアルバイトがきっかけ。以来、それを探求する森枝卓士さんや水野仁輔さんの著書を追いかけるのが、私の読書リストのひとつの定番になっている。東南アジアにまたがるカレー文化の奥深さを彼らの著書から知ったが、本書を読んで、それに匹敵するものを見つけてしまった気分。納豆だ。
今や日本食の定番とはいえ、エスニックなルーツを感じさせるカレー。それと裏腹に、納豆は誰がどう見ても日本独自の食べ物だ。日本在住の外国人には、納豆が食べられるかどうかを思わず聞いてしまうように、納豆はくせの強い「日本独自の伝統食」というのが常識だった。これまでは。
そこに異議を唱え、“アジア納豆”の存在を声高に叫ぶのが本書だ。著者であるノンフィクション作家の高野秀行さんは、辺境と呼ばれる世界各地を訪ね取材を重ねてきた辺境旅の達人。いつもユニークな旅の目的はもちろん、しつこいまでの知的探究心と行動力がグイグイ読者の心を掴んでいく。そんな“高野節”は本書でも炸裂。著者は、かつて納豆に似たものをミャンマーの山奥で食べた記憶を辿ってアジア納豆を紐解く旅に出るのだが、これが一度の渡航では終わらない。旅先は各地のアジア納豆から日本納豆のルーツまで及び、最終的に調査は3年にわたった。本書は、そんな納豆を巡る壮大な旅へと誘う。
一口にアジア納豆と言っても様々で、北タイで昔よく食べられていた蒸し納豆に、ミャンマー東北部のシャン州では定番の薄焼きせんべい状の納豆、シダの葉に包また納豆、カチン州の糸引き納豆や竹入り納豆、またパオ族が作る大きい碁石のような納豆。所変わってネパールのカレー納豆に、ブータンで調味料として使われる酸っぱい納豆……。など、アジア大陸には土地や民族ごとに無数の納豆が存在する。それらはたとえ街や市場で見かけたとしても素通りしてしまうほど、その形状も食べ方も日本人の納豆概念からかけ離れているものも多い。
本書ではそれらを辺境食として片付けるのではなく、日本納豆との違いを追求。日本納豆の起源や納豆菌について探ったり、日本でアジア納豆を作ってみたり、雪に埋めて発酵させる伝統手法の作り手を訪ねたり。本書を読み進めるうちに、納豆は日本特有のものという“納豆選民意識(本書より)”がおもしろいように変わっていく。
食卓の定番、納豆がどこでもドア的装置になって、普段の食卓が聞いたこともないアジアの辺境に容易に繋がったり、その逆もあったり。日本人ならそんな脳内体験をぜひ楽しみたい。
(書名)
『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』
高野秀行・著
新潮文庫
この記事を書いた人
- 町工場の多い東京下町で育つ→バンコクで情報誌の企画・編集→編集者→京都在住。人生の中で、多くを旅について考えることに費やしてきました(鼻炎持ち&虫に弱いので旅スキルは低め)。旅の在り方を見直す時期にある今、「にちにち」では本を通じて暮らしの中の旅=非日常を皆さんと模索していきたいです。