「日常の登場人物を増やすこと」が災害時に役立つ
神戸市新長田の助け合い文化
【はっぴーの家ろっけん】


古い商店街や木造の長屋など、下町の雰囲気が今も残る神戸市新長田地区。街を歩けば、子供、お年寄り、外国人まで、世代・国籍ともに様々な人が暮らしているのに気づきます。また、ここは1995年の阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けた地域のひとつ。この街で多世代型介護付きシェアハウス「はっぴーの家ろっけん」を運営する首藤義敬さんと、親子がのびのび育つ環境づくりを追求する保育士起業家の小笠原舞さんに、この街特有のコミュニティのあり方と、その価値について伺いました。

神戸市長田区、六間道商店街の一角に「はっぴーの家ろっけん」はあります。福祉施設とシェアハウスに、最近ではフリースクール機能も加わったこの施設。40名の入所者さんに加えて、コロナ禍以前は週に200人以上が訪れ、日々交流が生まれていたそう。一言でいうと、誰にでも開かれた福祉施設。ですが、当初は福祉施設を作るという構想ではなかったと首藤さんは言います。

「僕は生まれがこの街ですが、いっときは別の場所で暮らしていました。僕も奥さんもフリーランスなので、子どもが生まれた時、自分たちだけで子育てすることの大変さに気づきました。さらに、僕の祖父母の介護が重なり、仕事か子育てか介護のどれかをセーブしなければならなくなって。そこで、この町に多世代型住居を作りそこで暮らせば、何も諦めなくて良いのでは?との考えに至りました」

そんな思いで7年前に街に戻ってきた首藤さん。あちこちに顔を出しては、保育園児から学生、主婦、高齢者、クリエイター、外国人など約130人に、どんな施設ができたら嬉しいかを聞いてまわったのだとか。現在はっぴーの家ろっけんでは、事業計画書に書いたその時のアイデアの9割以上が実現していると言います。

「その時感じたのは、この街には把握しきれないくらい多様なレイヤーの人が住んでいるということでした。異分子が入っても拒まれず、また過度に歓迎されるわけでもなく、ちょうどいい距離感で共存している」

小笠原さんが東京からここに越してきたのは2017年。「ずっと探していた場所に巡り会えた!という感覚でした」と小笠原さん。

「私自身、独身時代から保育現場で働いたり、子育て支援の活動をするなかで様々な家族に出会い、“拡大家族”の考えに行き着きまして。そもそも夫婦2人だけでは子育てするのは大変だろうから、それぞれが得意な分野で助け合う、そんなコミュニティで子育てしたい!さらに、色んな“違い”をもつ人に触れながら暮らすことは子どもが育つ環境としてもきっと良い!という思いが高まっていた頃でした」

(写真)シタマチコウベ

この街へ来て小笠原さんが驚いたのは、外を歩いていると物怖じせずに話しかけてくる子どもたちの姿でした。

「どうしてだろうと子どもたちをよく見てみると、普段から色んな人と関わっているから、子どもたちのコミュニケーション能力がとても高いのだろうと気づきました。今ではご近所さんとお互いに子どもの面倒を見合ったり、一緒にご飯を食べたり。夫が不在時なんかはすごく心強い。そんな“もちつもたれつ”がここにはあります」

首藤さんは、そんな環境で育ったという自身の幼少時を振り返ります。

「多様な人の暮らし方が成り立つのは、街で子どもを育てる文化があるからだと思うんです。僕の親は共働きで、帰宅はいつも日付が変わる頃でしたが、家にはいつも色んな人が集まっていたし、近所の家にも気軽に遊びに行けるので寂しくありませんでした。僕はそんな昔見ていた景色を、はっぴーの家ろっけんで再現しているだけです。いかに家族の限界を知り、その弱さを見せ合えるかが、これからの時代ものすごく大事になってくるかと。できないって言えちゃう人たちが、この街にはたぶん多いのかな」

そして、ここは阪神大震災の被害が大きかった地域でもあります。当時、首藤さんは小学校3年生で、「朝起きたら地獄絵図のような光景が広がっていた」と話してくれました。

「あの時もっと動けていたら……といった震災の時の後悔がある、という人はこの街に多いんです。助かった家にはある共通点があって。それは“地域との繋がりがある”ことでした。消防車も救急車もまだ来られない段階では、まず周りの人で動くしかない。そこでは、あの家にはおばあちゃんがいる、という情報を頼りに救助が入るんです」

そんな関係性の重さを身にしみて感じたという首藤さん。実際この街には、町内会とは別に防災に関する会が多数あるそう。小笠原さんは、当初そのことに驚いたと言います。

「地震があると、お隣さんが『大丈夫!?』って家まで来てくれて声をかけてくれるんです。普段から子どものことを気にしてくれる人も多いので、防災・防犯面ともに“人の目の安心感”をすごく感じています。ご近所付き合いは一見面倒と思われがちですが、毎日の積み重ねのその先にこそ、日常の安心感があるんだなと思いました」

はっぴーの家では、さまざまなコミュニティやグループ作りに力を入れていますが、その繋がりは有事の際にも生きてくるのは間違いありません。

「僕たちはよく『日常の登場人物を増やす』と言っていて。日常が豊かになるのはもちろん、何かあった時にそれが一番セーフティネットになるから。防災のコミュニティというと、そのつもりがない人には響かないので言いませんが、有事の際を見据えているのは確かです」

(写真)シタマチコウベ

今後は、自身ともうすぐ3歳になる息子さんと、地域との接点をより増やしていきたいと小笠原さんは言います。

「私の所に、子ども好きな中学生の女子たちがよく遊びに来てくれます。とても素直にいろんなことを話してくれるのですが、そのまんま彼女たちが大きくなればいいなと思っています。彼女たちの他にも、思春期の世代の癒しのスペースになれたらと思っていて。何か悩みがあった時に『舞ちゃん家に行こう』と気軽に足を運べるような。そこからまた地域との繋がりが生まれていけば嬉しいです!」

一方、首藤さんは近年、はっぴーの家で小・中学生向けのフリースクールを開始。不登校の子を始め色々な子が集まっています。

「読み書き・そろばんなどの基礎学習に加えて、高齢者のケアやレクリエーション作り、また空き家再生事業などに参加する体験型の学びを重視しています。今は、身近な人がどう生きたいのかを深める作業が面白いです。僕たちがやっているのは、日常を広げるのではなく深める行為。これからも、日常の解像度をどんどん上げていきたいです」

■首藤義敬(カオスクリエイター/株式会社Happy代表)
神戸市長田区で多世代型介護付きシェアハウス「はっぴーの家ろっけん」を運営。23歳の時に、遊休不動産の活用事業や地元である神戸市長田区を中心とした空き家再生事業を開始、27歳で法人化。現在はシェアハウス運営、不動産業などを手がける。

■小笠原舞(保育士起業家)
1984年生まれ。社会人経験を経て、保育士となり、子育てコミュニティ「asobi基地」や「合同会社こどもみらい探求社」を設立。プライベートは、神戸市長田区でこどもと犬との暮らしを楽しんでいる。共著に『いい親よりも大切なこと 〜子どものために “しなくていいこと” こんなにあった!』(新潮社)。

この記事を書いた人

池尾優
池尾優編集者
町工場の多い東京下町で育つ→バンコクで情報誌の企画・編集→編集者→京都在住。人生の中で、多くを旅について考えることに費やしてきました(鼻炎持ち&虫に弱いので旅スキルは低め)。旅の在り方を見直す時期にある今、「にちにち」では本を通じて暮らしの中の旅=非日常を皆さんと模索していきたいです。