雑誌『TRANSIT』の元副編集長である池尾さん。現在は、京都在住のフリーランスとして活躍中です。これまで旅について考えてきた池尾さん(しかし、鼻炎持ち&虫に弱いので旅スキルは低め)が、本を通じて旅を見直します。
「ナッツクリームのかかった鶏肉のような上品な味わい」
「油で揚げるとコーンのような香ばしさが鼻に抜ける」
「カリッとした頭部とはじける外皮の食感がよい」
「茹でてかじると中からダシ味の強いうまいスープが溢れてくる」
「洋梨とバナナを香料で再現したかのような果実の香りが口の中で爆発する」
食欲をそそるグルメリポートだが、これらはすべて本書に登場する昆虫食の感想だ。少しでも食欲をそそられたなら、昆虫食への扉は既に開かれている。
本書は、昆虫の美味しい食べ方を追求してきた(これまで味を評価してきた昆虫は419種以上!)“蟲ソムリエ”である著者による、食材としての昆虫記録。昆虫食の基本ルールから、各昆虫の持ち味を生かすレシピ、美味しい昆虫ラインキングまで、昆虫食初心者向けの情報が満載。一方で、昆虫を食べる気がなくとも、昆虫そのものや生物学、また食糧危機やサステナブルな農業などに興味があれば、面白く読めると思う。本書で描かれるのは、ニッチな趣味嗜好としての昆虫食ではなく、目から鱗のように世界が広がるそれなのだ。
物語は、生物学に興味のあった著者が、珍しい海産物を食べる延長で、軽い気持ちで昆虫を調理し、食すところから始まる。著者は昆虫の多様な味わいに驚き、次第に魅了されていくのだけれど、そのなかで様々な問題に対峙していくことになる。例えば、昆虫を食べる風習や食糧危機を救う可能性、また虫を嫌う社会における偏見、殺虫剤の乱用などなど。
昆虫と人間を取り巻く問題は多岐にわたり、これほど身近に溢れているのにも関わらず、その存在が軽んじられてきたことに気づく。手のひらサイズの生き物を通して、見えてくる広大な世界。そんなミクロとマクロの世界を行き来する思考も、本書の楽しみの一つと言える。
筆者は研究室や愛好家コミュニティを飛び出し、現在はラオス農村部の栄養と所得改善のため、昆虫養殖普及の技術開発に携わる。ラオスといえば、昆虫を常食する国。ここでは当然昆虫食は過激なサブカルチャーではなく、ご飯のおかずであり、貧困な農村部を救う(かもしれない)道でもある。そんな現場で奮闘する筆者の姿勢からは、昆虫への誠意までも感じられて清々しい。
栄養価が高い上に、養殖コストも低く、食糧問題解決の糸口となるかもしれない。そんな風に昆虫は未来のスーパーフードとして関心が高まっているとはいえ、まだまだ多くの人にとって自分事とは言い難い。そんな時代にあって、本書は昆虫を食べる隣人を理解する手助けになってくれる。私も本書の料理をすべて食べられる自信はまだないけれど、昆虫を食べる隣人を当たり前のように受け入れる準備はできたかな。
(書名)
『おいしい昆虫記』
佐伯真二郎・著
ナツメ社
この記事を書いた人
- 町工場の多い東京下町で育つ→バンコクで情報誌の企画・編集→編集者→京都在住。人生の中で、多くを旅について考えることに費やしてきました(鼻炎持ち&虫に弱いので旅スキルは低め)。旅の在り方を見直す時期にある今、「にちにち」では本を通じて暮らしの中の旅=非日常を皆さんと模索していきたいです。