料理名がつけられておらず、ごく普通に家庭の食卓に並ぶ『名もなき料理』を研究しているのが、山口県出身の料理人・守永江里さん。今回は、人の心を温める料理を作るには、特別な技術は必要ないと感じた「對馬家のお弁当のアメリカンドッグ」をご紹介。
非日常にはいつもの食材が手元にない。そんな時に、ありもののなかでどう料理するか。思考を柔らかくする料理記事です。
[ 名もなき料理とは ]
「ソーセージをホットケーキミックスで揚げた料理がよくお弁当に入ってた。だいたい二個入ってた。一つは最初に食べて、もう一つは最後に食べるんだ」
私が對馬さんからそのお話を聞いている時、お母様は懐かしい過去を思い出すように優しい笑顔でいらっしゃいました。
「うちはお兄ちゃんとお姉ちゃんもいるから、お弁当は20年作り続けたの。やっと終わったと思ったら、お父さんが『お弁当作ってくれない?』って言い出したのよ。(笑)」
お料理上手のお母様はご家族みんなが喜ぶ味をいくつも作り出されてきました。そして、ご家族みんなに愛されていました。取材日は、“ お弁当のアメリカンドッグ ” の他にもたくさんお母様のお料理をご馳走になりました。對馬さんのセレクトで、“ お母さんの美味しい料理 ”を選んでご用意してくださったのです。
息子さんが選んだごはんがたくさん目の前に並んでいて、つい取材を忘れそうなほど私もテンションが上がりました。(笑)それらの料理は、まさになんと呼んでいいか一瞬考えるような名もなき料理ばかり。名前を強いて言うなら、鶏肉のオレンジ煮、イカの中華炒め、蓮根の酒炒りなど。どれも味付けが絶妙で、優しい味ってこういうことか。と納得させられるようなお料理たちで、これらのお料理のほとんどが、お祖母様が作られていた料理でした。
「おばあちゃん、お母さん、おばさん、みんな料理が上手で親戚が集まるときは、3人が台所に立つんだ。あの3人は料理三銃士だね。子供の頃、いつもとってもいい匂いがしてきて、遊んでいても台所が気になってしょうがなかった」と對馬さんは教えてくれました。
「どんな料理を作ってもらっていたかははっきりとは覚えていない。あれが食べたい!って思うほど印象に残るわけではないけど、食卓に並んでいるととっても嬉しくなる。そんな名もなき料理がたくさんあった」
[ イカの中華炒め‥冷めても柔らかく美味しかったです。]
ご家族が帰ってくる時間に、毎日愛のある食卓を用意し続けてこられたお母様。20代の頃から、お菓子教室に通われたり、独自で料理を勉強されたりとベテランさんですが、息子さんである對馬さんが選んだお料理たちは、口頭で作り方を聞けば誰でも作れそうだなと思うほど簡単なもの。美味しくする工夫などは詰まっているけど、特別な技術は使いません。
人の心を温める料理には、特別な技術はいらないのです。素晴らしい技術をこなしたお料理をいただけるのは嬉しいけれど、もしかしたら、作り手の気持ちが一番大事なんじゃないかと思いました。
お母様はずっと楽しそうに料理をしてくださいました。私が日本料理の修行をしていた時は怒鳴られないようにするのが精一杯。料理に愛を込めて提供する余裕などありませんでした。その修行をもっと乗り越えた先に、その余裕ができるのかなと思いもしましたが、私が身に付けたい技術は、手際の良さや珍しい食材を操るプロの腕ではなくどこにでもある食材で、身近な人が安心してくれる料理を提供できる料理人になることでした。
当時は、それがとても漠然としたイメージで、どういう道を学べば目標が叶えられるのかわかりませんでした。對馬家の食卓に伺って、今はなんとなくわかるような気がします。
[ 蓮根を酒で炒って醤油で和えたもの ] お祖母様が作られていた一品
お祖母様からお母様が受け継いできたのは、きっとレシピではなく料理を通じて家族を大切にする気持ちであり、みんなに安心感を与える技術だったのではないかと思います。言葉で伝えられることには限りがありますが、自らが料理を楽しみ、家族を思う気持ちを受け継いだお母様だからこそ、あの優しい味のお料理たちを作れるのだと。
“ お弁当のアメリカンドッグ ” もお祖母さんが作られていた一品だそうです。お弁当にアメリカンドッグ入ってるってそのビジュアルを想像するだけでワクワクします。
ちょっと子供心に戻れるような。私もそんなお弁当が食べられるなら序盤に一つ、最後に一つ食べたいですね。
揚げたても美味しいですが、冷めても美味しいので、お弁当に入れるときは前日に作っておいても良さそうです。
【 材料 】
・ウインナーソーセージ 10本
・ホットケーキミックス 大さじ3
・水 大さじ3
・揚げ油 適量
・つまようじ
【 作り方 】
(1) ウインナーソーセージにつまようじを刺す。ホットケーキミックスと水をマグカップで混ぜ合わせておく。
(2)マグカップの中で、ウインナーに衣をつける。
(3)熱した油で揚げる。勢いよく手を離すと、下に衣が溜まってしまうので、先の方を油に入れながら少しくるくると回し、先端を固める。5~10秒くらい。先端が安定したら手を離して全体を揚げる。
(4)こんがりきつね色に揚がったら完成。
人の心を温める料理に、特別な技術はいらないと言いましたが、お母様のお料理から工夫や気遣いはたくさん感じました。
「なんでうちのいなり寿司は大きいのに、うちのおにぎりは小さいの?」と對馬さんが聞いた時も「お友達が来た時に出すおにぎりは大きいと遠慮して食べにくいと思って。」と言われていました。
常に食べ手のことを思いやり、できる工夫や気遣いは積極的にしていきたいです。
次回は『神谷家の緑のおにぎり』を紹介します。
この記事を書いた人
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鎌倉市在住の料理人です。『もりえり。』と呼ばれています。
数店舗の日本料理店で調理を学びましたが幼少期より母親に教えてもらった愛のある料理が学びの基盤です。
苦手なことは、言葉で想いを伝えること。
得意なことは、料理で想いを伝えること。
趣味は料理以外にフットサル、釣り、スケボー、寝ることです。
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