災害時のストレスを軽減したくて。おいしい備蓄食「ごとうち贈備食(そうびしょく)」。
大学院生・中原采音さん


ファッションや音楽、ゲームとは違い、特に若い世代からの関心が低い分野、例えば福祉や政治などがあると思うが、防災もそのひとつかもしれない。こういった分野を若者たちにアプローチするには、魅力的なデザイン、言ってしまえば「ださくないこと」が必要ではないだろうか。
今回は優れたデザインを取り入れて備蓄食を広めようとする若い女性クリエイターのインタビューです。

「被災時でも心が豊かになる食事を」の想いから

「大きな声では言えないんですが、あまり防災には関心がなかったんです」と中原さん。

もともと、高校生のときは、理数系で物理や数学をバリバリ勉強していたという。そんな中、漠然と建築に憧れをもち、縁あって名古屋造形大学造形学部建築コースに入学した。1年生のときに、インターンシップで建築関連の実務を経験する機会があり、そこで街や建物などの大きな建造物ではなく、もっと身近で人の手に触れるものを創りたいと思うようになったそうだ。その後、1年間休学して、単身ロンドンへ。語学を学んだ後、バッグ一つでヨーロッパ15カ国ほど周遊する。

「これまでの学校での勉強だけで、モノを生み出すっていうことが怖かったんです。それって知識と経験からしか生まれてこないですからね。自分という容器に、世界のさまざまな知見とか価値観を取り入れて、アウトプットしたかった。だから早いうちに留学はしたかったんです」。

ロンドンは、アートや芸術が盛んでとても魅力的だったという。また、内戦の傷跡残るボスニア・ヘルツェゴビナも訪れた。95年まで紛争あり、まだ傷の癒えないような重々しい雰囲気に、日本はなんて平和な国なんだろうと身をもって感じたという。

1年後、自分の容器を、カラフルな経験でいっぱいにして日本に戻ってきた。

2年生からはプロダクトコース(現 造形学部空間作法領域)へ転コースし、プロダクトデザインについて学びはじめた。
3年生のとき、授業でたまたま「防災」について学ぶ機会があった。「減災を促すプロダクトデザインを考えよ」という課題が出され、詳しく調べていくうちに興味を持つようになったという。

「防災と自分とはちょっと距離感があって。今まで防災のことを考えるきっかけっていうのもありませんでした。でも課題提出のために実施した東日本大震災のアンケートで気になる結果が出てきて。それが食に関することでした」

東日本大震災についてのアンケートで、震災後のストレス要因に、「食事がおいしくない」など、多くの方が食について挙げていたそうだ。
普段から食事をすることを大事にしている中原さんは、その結果にショックを受けた。

「私にとって食事は心を満たしたり、ストレスを解消するものでした。なのに、災害時にはそれがストレスになっていた。それなら、被災時でも心が豊かになるような食事の提案が何かできないかな、と考えました」。

こうして生まれたのが「ごとうち贈備食(そうびしょく)」だ。

非日常でも食べることを想定した「ごとうち贈備食」

47都道府県それぞれご当地のものを、長期保存できる缶詰やレトルト食品、ゼリーなどにして、ギフトとしても扱えるようパッケージしていった。例えば、兵庫ならレトルトのそばめし、神戸牛ステーキの缶詰、姫路おでんの缶詰など。東京は、悩んだ末、べったら漬けの缶詰ともんじゃ焼きのポテトチップスのようなお菓子にした。
「ごとうち贈備食はいわゆる”非常食”とは異なり、”非、日常”でも食べることを想定しています。ローリングストックを意識して、日常でも楽しく食べられるものを考えたので、ご飯だけでなく、お菓子なども取り入れました」。


制作時には、デイリーストックアクション実行委員会(DSA)に問い合わせて、アドバイスをもらった。それがきっかけで学生代表としてアンバサダーにも就任している。
3年生の課題提出時は、アイデアの段階だったそうだが、4年生のとき卒業制作を考えるにあたって、具体的にプロダクトとしてカタチにしていこうと取り組んだ。

膨大な量のパッケージデザインの制作は骨が折れたことだろう。しかし、出来上がりはデザインの美しさもあって素晴らしいものだった。

中原さんの努力は結果に表れた。まず大学では卒業制作の優秀者に贈られる桃美会賞に選ばれた。そして、JIDA(公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会)中部ブロックデザイン賞最優秀賞を獲得。また、芸術工学会主催の「減災デザイン&プランニング・コンペ2020」では優秀賞を受賞した。

現在は、武蔵野美術大学修士課程、造形構想専攻クリエイティブリーダーシップコースに在籍して、ビジネスにおけるデザインの価値について学んでいる。

「ごとうち贈備食をやっていく中で、いざ具体的に製品化したいとなったとき、やり方がわからなくて。自分の考えたもの、クリエイターの作ったものをカタチにするのはこんなに難しいのか、と考えさせられました」と中原さん。

そこで、クリエイターとビジネスの架け橋になることをやりたくて、今はサービスデザインなど、ビジネスに関することを主に学んでいるそうだ。
そして、学生のうちに、ごとうち贈備食の製品化を実現したいと考えている。
今は、既存の食料をローリングストックできることを周知させたり、非常食をギフトとして活用するためにはどうすればいいのかを考えたりと、製品化に向けて一歩ずつ前に進もうとしている。

「将来的には、備蓄食はもちろん、シェアリングコミュニティが浸透しているように、既存のものをデザインの考え方で再生させたり、新しい価値を生み出せるようなことをできたらうれしいですね」と真摯に話してくれた中原さん。

災害大国日本だからこそ「ごとうち贈備食」がギフトとして贈られる日も近いかもしれない。

 

中原 采音
愛知県出身。名古屋造形大学造形学部プロダクトデザインコース卒業。武蔵野美術大学修士課程、造形構想専攻クリエイティブリーダーシップコース在籍。名古屋造形大学桃美会優秀賞、JIDA(公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会)中部ブロックデザイン賞最優秀賞、芸術工学会主催の「減災デザイン&プランニング・コンペ2020」では優秀賞を受賞。旅行、美術館めぐりが好きだが、今はコロナ禍で行けないので残念に思っている。
<ごとうち贈備食>instagram
問い合わせ先:gotouchisoubi@gmail.com

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この記事を書いた人

しまかもめ
しまかもめフリーライター
(株)大阪宣伝研究所にコピーライターとして勤務。その後、デザイナー、編集者、フリーペーパー営業、ネットショップ企画運営を経て、独立(コトバアトリエ)。神戸市在住の3児の母。